三月と四月のあいだにあるもの

—人はなぜ、この一ヶ月で別人になるのか—

三月というのは、不思議な月だ。
カレンダー上はただの「年度末」なのに、人の心はやたらと忙しい。

別れの季節、という言葉があるけれど、実際はそんなにドラマチックなものばかりではない。
「あ、そういえばあの人、来月から異動らしいよ」くらいの温度感で、じわっと環境が変わっていく。

だけど、その“じわっと”が積み重なるのが三月だ。

書類は締切に追われ、数字は帳尻を合わせにいき、現場はなぜか少しピリつく。
どの業界でも、「あと少しで年度が終わる」という謎のプレッシャーが漂う。

介護の現場で言えば、ケアプランの見直し、加算の確認、体制の整理。
「いつも通り」のはずなのに、「いつも以上にバタバタする」のが三月である。


そして四月。

打って変わって、「はじまりの季節」として扱われる。

新入社員、新しい体制、新しいルール。
街を歩けば、どこかぎこちないスーツ姿の人たちが増える。

ただ、ここで一つ気づく。

三月と四月は、地続きなのに“空気がまるで違う”

三月は「終わらせる力」が試され、
四月は「始める力」が求められる。

この切り替え、人間にとってはなかなかハードだ。


さらに最近は、ここにもう一つの要素が加わっている。

それが、「変化への適応力」だ。

働き方の変化、ICT化、DX化。
特に介護業界では、「紙からデータへ」「経験から仕組みへ」という流れがじわじわと進んでいる。

正直なところ、これに対する反応は二極化している。

「便利になるからどんどんやろう」という人と、
「今まで通りでいいじゃないか」という人。

どちらの気持ちもわかる。

なぜなら、三月という月は“変えたくない気持ち”が強くなり、
四月という月は“変えなければならない空気”が強くなるからだ。

つまり——

人は、季節によって考え方すら揺れる。


ここで少しだけ、ユーモアを交えて真実を言ってしまうと、

三月の人は「守りのプロ」で、
四月の人は「とりあえずやってみる人」だ。

そして多くの場合、同じ人物である。


だからこそ、この時期に大事なのは、
「完璧に切り替えること」ではない。

むしろ、

**三月の慎重さと、四月の勢いを“両方持つこと”**だ。

・変えるべきものは変える
・残すべきものは残す
・でも、ちょっとだけ試してみる

この“ちょっとだけ”が、現場を救う。


三月から四月へ。

それは単なる季節の変わり目ではなく、
「終わり方」と「始め方」を同時に試される、年に一度のリハーサルのようなものだ。

どうせなら、少しだけ余裕を持ってこう言いたい。

「今年も、なんとか乗り切ったな」と。

そして四月には、こう続ける。

「まあ、とりあえずやってみるか」と。


この二つを言える人が、結局いちばん強いのかもしれない。

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