「暑さ寒さも彼岸まで」なんて言葉がありますが、朝晩の風が少しひんやりとしてくると、介護の現場には別の意味でヒヤヒヤする試練の季節がやってきます。
そう、「衣替え」という名の、終わりなきミッションです。
季節の変わり目は、誰にとっても体調を崩しやすい時期。だからこそ「風邪を引かせないように」と家族は気を揉みます。しかし、我が家のデイサービスの朝は、そんな家族の親心をあざ笑うかのように、ちょっとしたサスペンスドラマ(あるいはコント)へと変貌を遂げるのです。
最先端を行き過ぎた「パリコレ風」レイヤード
つい先日のことです。急に肌寒くなってきたため、私は前日のうちに父(80代・要介護2)のタンスから長袖のハイネックや厚手のシャツを引っ張り出し、分かりやすいようにベッドの脇に綺麗に畳んでセットしておきました。
「これで明日の朝はスムーズに着替えてくれるはず」
そんな淡い期待を抱いていた私の読みは、見事に甘かったと思い知らされます。
朝、デイサービスの送迎車が来る30分前。「お父さん、そろそろ着替えたー?」と部屋を覗いた私は、思わず開いた口が塞がりませんでした。
そこに立っていたのは、堂々とした立ち姿の父。しかしその装いは、私の想像を遥かに超える斬新なものでした。
- 一番下: 猛暑日に着るような、風通しの良いペラペラの半袖Tシャツ
- その上: なぜか真冬用の、モコモコした厚手の毛糸チョッキ
- さらにその上: 派手な柄物の、夏用シャカシャカ前開きシャツ(ボタンは半分ズレている)
……いや、着る順番と季節感が全部あべこべなのです。
ファッションの最先端を行き過ぎていて、思わず「父さん……今年のパリコレの新作ですか?」とツッコミを入れそうになりました。本人は至って満足げな顔で、姿見の前で襟元を整えています。
なぜ高齢者は「ヘンテコな着方」をしてしまうのか?
笑い話のようですが、実はこれ、認知症や高齢による認知機能の低下で見られる「あるある」の症状です。
高齢になると、体温調節機能が低下して「今自分が暑いのか寒いの体感が掴みにくい」状態になります。また、認知機能が落ちてくると、「服を着る順番(インナーの上にアウターを着る)」というプロセスの組み立てが難しくなったり(実行機能障害)、「目の前にあるものをとにかく全部着てしまう」といった行動を起こしやすくなります。
頭では分かっているつもりでも、目の前で「真冬のチョッキの上に、夏服」を着られると、どうしても「ちょっと!なんでそんな着方してるの!」「長袖出しといたでしょ!」と語気が強くなってしまいそうになります。
実際、私も以前なら「違うでしょ、やり直し!」と強引に脱がせようとしていました。
しかし、それをやるとどうなるか。 「わしはこれがええんじゃ!余計なお世話だ!」と、頑固モード突入です。
一度ご機嫌を損ねると、部屋に閉じこもってしまい、「デイサービスなんか行かん!」とボイコットが始まります。送迎車はあと15分でやってくるのに……。
失敗から学んだ「おだて作戦」と「プライドの守り方」
介護を続けていて痛感するのは、「正論で説得しようとすると100%失敗する」ということです。
高齢者にとって、着替えを否定されることは「自分の判断力を否定された」と感じ、プライドが傷つくことでもあります。こちらがどれだけ「風邪を引かないように」と心配して言ったことであっても、本人にとっては「怒られた」「バカにされた」という感情だけが残ってしまうのです。
そこで私は、怒りをグッと飲み込み、女優(俳優)になりきることにしました。名付けて「ダンディおだて作戦」です。
「お父さん、そのチョッキめちゃくちゃ似合ってるね!色合いがすごくダンディ!」 まずは、本人のセレクトを一度全力で肯定します。父の表情が少し緩んだところで、すかさず本題へ。
「ただね、今日の外はちょっと風が冷たいみたい。そのかっこいいチョッキの下を、この長袖にチェンジしたら、もっと海外のモデルさんみたいにおしゃれになると思うんだけど、どう?」
そう言って、さりげなく用意していた長袖シャツを差し出します。
すると父は、「ほうか?まあ、お前がそこまで言うなら着替えてやってもいいぞ」と、満足気な顔で服を脱ぎ始めてくれました。こうして無事に、秋仕様のまともな装いへと着地することができたのです。
知恵比べの秋を乗り切るために
送迎車に乗り込み、デイサービスへ元気に手を振って出かけていく父の後ろ姿を見送りながら、私は深くため息をつきました。
たかが「服を着替える」という日常のひとコマ。 けれど、そこには介護の難しさと、ちょっとした知恵、そして思わず笑ってしまうような可笑しさが詰まっています。
秋は「食欲の秋」「読書の秋」「スポーツの秋」などと言われますが、介護に携わる私たちにとっては「本人の機嫌とプライドを損ねずに、いかに季節に合った服を着せるかという、知恵比べの秋」なのかもしれません。
毎日完璧にやろうとすると、こちらが参ってしまいます。 「まあ、命にかかわるわけじゃないし、今日もおもしろい格好が見られたな」くらいの大らかな気持ちで、クスッと笑いに変えていくくらいがちょうどいいのかもしれません。
肌寒い日が増えてきましたが、みなさんのご家庭では「衣替え」、スムーズにいっていますか?
温かいお茶でも飲んで、今日もボチボチやっていきましょう!




